橋の日

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「橋の日」は「は(8)し(4)」(橋)の語呂合せで、宮崎県宮崎市の湯浅利彦氏の提唱によって始まり「橋の日実行委員会」が1986年に制定しました。

この日を「郷土のシンボルである河川と、そこに架かる橋を通して、故郷を愛する心と河川の浄化を図る」ということを目的としています。

現在でも「橋の日」の活動は行われていて、毎年8月4日には宮崎市に掛かる橘橋にてイベントや啓発活動が行われているそうで、「橋の日」が制定されて以来、地道に活動してきたことが徐々に話題となり、2015年には全国47都道府県で「橋の日」が実施されました。

同年にはこうした地道な活動が評価されたことによって「記念日文化功労賞」、また、29年間にわたって道路清掃活動を行ったことに対しても公益財団法人日本道路協会より表彰されています。

橋にも入口と出口がある

“橋”、“橋梁”とは地面または水面よりも高い場所に設けられた道のことです。

橋の起源についてははっきりしたことは判りませんが、最初は偶然に谷間部分を跨いだ倒木や石だったと推測されています。

その後人類が道具を使うようになってからは伐採した木で丸木橋が造られるようになりました。

また、木々に垂れ下がっている蔓を編んだ吊橋の原型とされる“蔓橋(つるはし)”や、より長い距離を渡るために川の中で飛び出た石の頂部に丸木を渡したり自然石を積み上げて橋脚を築いたり、杭を打ち込み橋脚にしたとも考えられています。 

18世紀末期から19世紀にかけて、産業革命によって生じた鉄を用いた橋が出現し始め、鉄の出現により橋梁技術が飛躍的に向上、橋脚と橋脚の間隔を示す支間長(スパン)が大幅に伸びて長大橋が建設されるようになります。

日本で最初の鉄橋は1868(慶応4)年に長崎の眼鏡橋が架かる中島川の下流に、オランダ人技師の協力を得て架けられたくろがね橋です。

さらに鉄道網の進展、自動車の普及と交通量の変化に合わせて重い活荷重に耐えられる橋が要求されるようになり、1900年代に入ってから鉄筋コンクリート製の橋も造られるようになりました。

日本全国には約72万6千の橋がありますが、実は橋にも“入口”と“出口”が存在する事はあまり知られていません。

見分け方は簡単で橋の名前が刻まれたプレートである“橋名板”を見れば判別でき、漢字の橋名板がある方が入口で、平仮名の橋名板がある方が出口となります。

これ適当に決められたのではなくきちんとした決まりによって定められており、基本的にその道路または線路の両端のうち、東京(道路は日本橋 (東京都中央区)、線路は東京駅)に近い方が起点となり、反対に遠い方は終点となります。

そして橋名板の多くは道路起点側から見て左側に“漢字表記の橋名”を、右側に“交差する河川などの地物名”を、終点側から見て左側に“ひらがな表記の橋名”が置かれます。

トンネルや歩道橋に関しても、日本の道路の起点である日本橋に近い方が入口となるのです。

覚えておけば迷った時に方角を判別するのに、役に立つかもしれませんね。

 


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