幽霊の日
「幽霊の日」は1825(文政8)年のこの日、江戸の中村座で四世鶴屋南北作『東海道四谷怪談』が初演されたことが由来です。
東海道四谷怪談(通称『四谷怪談』)は、夫である伊右衛門に毒殺された四谷左門の娘お岩の復讐話で、江戸の町に実際に起こった事件をモデルにしています。
「四谷怪談」については「皿屋敷」「牡丹燈籠」と共に「日本三大怪談」ともされており、江戸時代以降についても、明治時代には当時の欧米で流行していたスピリチュアリズムの影響を受けて、怪談ブームが到来することとなりました。
四谷怪談、お岩の真実
“四谷怪談(よつやかいだん)”とは、元禄時代に起きたとされる事件を基に創作された日本の怪談で、江戸の雑司ヶ谷四谷町(現・豊島区雑司が谷)が舞台となっています。
基本的なストーリーは“貞女・岩が夫・伊右衛門に惨殺され幽霊となって復讐を果たす”というもので、鶴屋南北の歌舞伎や三遊亭圓朝の落語が有名であり、怪談の定番とされ、折に触れて舞台化・映画化されているためさまざまなバリエーションが存在します。
東海道四谷怪談の大まかなストーリーは次のようになります。
舞台は江戸の四谷、田宮家の娘である“お岩”は、浪人であった“伊右衛門”と結婚しました。
しかし、近くの住人でお金持ちの伊藤喜兵衛という男の孫娘が、妻子持ちである伊右衛門に恋心を抱いてしまいます。
そこで喜兵衛はお金を伊右衛門にちらつかせ、お岩に毒を飲ませるよう指示し、伊右衛門はそれを実行しました。
お岩の髪はバラバラと抜けおち、顔はひどくただれていき、その姿にショックを受けたお岩は、自ら命を断ちます。
そして、お岩は幽霊となり伊右衛門を恨み続けるのです。
この幽霊の姿は有名な掛け軸としても残っており、幽霊は白装束を身に着け、両手を胸元あたりでくねっと曲げ、足のあたりが透けているというイメージを受け付けたのはこの四谷怪談となります。
どうすれば観客に怖いという印象を与えられるか、ということから生まれた足の無い幽霊ですが怖いイメージを植え付けるには大成功だったようです。
幽霊というイメージが強いせいか“お岩さん”と聞くと、強い怨念を抱いた女性というイメージをもたれがちですが、実際は違うのではという説もあります。
お岩と伊右衛門は仲睦まじく暮らしていて、身分の低い夫を支えるためお岩は奉公に出たといいます。
さらに、真面目な働きぶりが評価され、夫の出世にもつながったとされ、その際、お岩が信仰していた稲荷が“お岩稲荷”と呼ばれ、江戸の人々もあやかるようになったほど成功の象徴だったのです。
このように本来は良妻だったにも関わらず、物語である四谷怪談の影響で恐れられる対象となてしまった“お岩さん”ですが、四谷怪談はあくまでも創作の物語ですので物語として楽しむ分にはこの暑い時期にはぴったりだと思います。
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