刺身の日

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「刺身の日」は1448(文安5)年、刺身が初めて文書に登場したことが由来です。

室町時代後期の書記官・中原康冨の文安5年のこの日の日記に「鯛なら鯛とわかるやうにその魚のひれを刺しておくので刺し身、つまり“さしみなます”の名の起り」とあり、これが初めて文書に登場する刺身に関する記録とされています。

刺身の歴史

“刺身”とは、魚介類などの食品を生のまま小片に切り、醤油などの調味料で味を付けて食べる日本料理であ、造りやお造りなどとも言われます。

新鮮な獣や鳥の肉・魚肉を切り取って生のまま食べることは人類の歴史とともに始まったと言っても過言ではなく、人類の住むそれぞれの環境に応じて生食の習慣はあるいは残り、あるいは廃れていきました。

日本は四方を海に囲まれ、新鮮な魚介類をいつでも手に入れられるという恵まれた環境にあったため、魚介類を生食する習慣が残ったのです。

料理としての刺身は、江戸時代に江戸の地で一気に花開きます。

そもそも京都は、鯉のような淡水魚を除けば新鮮な魚介類が得られにくいため、いわゆる江戸前の新鮮な魚介類が豊富に手に入る江戸で、刺身のような鮮度のよい魚介類を必要とする料理が発達するのは当然のことでした。

もうひとつの理由は、調味料として醤油が生まれた事です。

生魚の生臭さを抑える濃口醤油が江戸時代中期より大量生産をはじめ、大都市・江戸の需要をまかないます。

魚を生食する文化は日本以外にも存在しますが特定の種類の魚の調理法に限定されており、江戸時代の江戸で生まれた多種多様な魚介類を刺身として生食する習慣は、まさしく醤油という生の魚と相性が抜群によい調味料あってこそのものでした。

また醤油の普及は、生の魚と飯を即席であわせて醤油をつけて食す料理、握り寿司にも繋がります。

また刺身の普及によって、鰹や鮪のような、塩漬や加熱調理した場合に食味が落ちる魚についても、美味しく食べられるようになりました。

鮪は江戸時代中期までは塩漬したものを煮るか焼くかで食すのが普通であり、あまり美味とはみなされず、それゆえに安価な魚だったのです。

江戸時代後期から、醤油漬けにした鮪を生食するようになり、これが美味であるとして人気が高りました。

近代に入ると、流通の発達や冷蔵設備の普及、冷凍技術の発達に伴い、日本全国津々浦々で新鮮な刺身が食べられるようになります。

特に鮪に関しては、近世までは醤油漬が江戸で食されたに過ぎませんでしたが、冷蔵技術の進歩により全くの生の状態で日本中に流通するようになり、また鮭や一部の烏賊のように、寄生虫を持つために従来は生食に適さなかった魚も、冷凍処理で寄生虫を殺す事で生食できるようになりました。

ですが、大正時代頃まで刺身といえばヒラメや鯛のような身の透き通った魚を使ったものに限られ、例外のカツオを除いた“色物”の刺身は下魚として蔑まれていた経緯もあります。

20世紀には、刺身は各国の料理にも取り入れられ始めます。

1980年代、日本料理は欧米などで流行し、各国の料理にも影響を与えるようになえい、イタリア料理と結びついた例では、イタリアでは牛肉を用いて作るカルパッチョをマグロなどの魚で作り、提供されることが多くなっています。

また、ヨーロッパでは冷凍の刺身も簡単に購入でき、欧米以外の地域でも生の魚を刺身として食べる習慣が生まれています。

現在でこそ“刺身”は、海外でも通じるようになってきていていますが、従来の一般的な英語訳は“raw fish(生魚)”であり、こうした翻訳の問題もあって生の魚肉を食する習慣が無い地域では、“日本では魚などを生のままで食べている”という風にとらえられ、これは“釣ったばかりで未調理の丸のままの魚”の意味にとられている場合も多く、良く印象は持たれてきませんでした。

近年ではヘルシー嗜好から年々刺身の人気は高まってきています。

乱獲の問題も発生しており、もしかしたら遠い未来は魚を食べること自体ができなくなっているかもしれません。

今まで養殖できなかった魚を養殖できるようにしたりと、今後も日本の技術が発展し、いつまでも魚をおいしく食べられることができると良いですね。

 


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