貿易記念日
「貿易記念日」は安政6年5月28日(新暦1859年6月28日)、江戸幕府がロシア・イギリス・フランス・オランダ・アメリカの五か国に、横浜・長崎・箱館(函館)での自由貿易を許可する布告を出したことから、通商産業省(現在の経済産業省)が1963年に制定しました。
列強諸国の圧力によって半ば強引に始まった貿易ではありますが、それまで約300年にも渡って鎖国を行っていた日本にとっては歴史的な一歩となったようです。
ですが圧力によって始まった貿易だったため、関税をかけることができないなど日本にとってかなり不利な条件での貿易でした。
経済産業省によると「貿易に携わる企業だけでなく、ひろく国民全般が輸出入の重要性について認識を深める日」として「貿易記念日」を定めたそうです。
日本はかつて“お金”を輸入していた
“お金”というものは基本的に“使われるその国で作られ発行されている”というケースが基本です。
日本でも硬貨は“造幣局”、お札は“国立印刷局”が作り、発行は“日本銀行”が行っています。
ですが過去の日本ではお金を“輸入”していた時代があったのをご存知でしょうか。
かつて平安時代後期の中国が“宋(そう)”と呼ばれていた時代、日本はこの宋との貿易にとても力を入れていました。
この時、お皿や茶碗などの陶磁器、そして宋の“銅で作られたお金”もたくさん輸入されたのです。
銅で作られたこの宋のお金は“宋銭(そうせん)”と呼ばれていました。
最初は通貨としてというよりも銅そのものが、仏具などの材料として必要だったために輸入されていたとも言われています。
当時の日本は、まだ基本的に一般庶民の間では“モノとモノの交換”という形で商取引が行われていました。
しかしこの“宋銭”が“お金とモノの交換”という概念を当時の人々にもたらしました。
こうして日本にもようやく“お金”というシステムが広まっていったとされれています。
また“宋銭”はすでにアジア各国では流通し、共通通貨として貿易にも使われていました。
そしてその後、日本は江戸時代に入りようやく自国できちんとしたお金を製造出来る様になったのです。
これが“寛永通宝”となります。
もし“宋銭”が伝わっていなかったらもしかしたら現在でも物々交換が基本になっていたかもしれませんね。
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