世界保健デー

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「世界保健デー」は国際デーの一つで、1948年のこの日に世界保健機関(WHO)が発足したことをうけて1949年に制定されました。

WHOは、世界保健機関憲章によって設立された国連の機関であり“すべての人々が可能な最高の健康水準に到達すること”を目的としています。

WHOの歴史

全世界的な公衆衛生や健康に関する最初の国際的機関は、1907年12月に発足した国際公衆衛生事務局です。

本部をパリに置いたこの機関は、12カ国が「公衆衛生国際事務局設置に関する千九百七年のローマ協定」に調印することによって発足し、当初はヨーロッパだけを対象としたものだったのが、第一次世界大戦の勃発する1914年までには60カ国が参加するまでになりました。

第一次世界大戦後に発足した国際連盟は国際公衆衛生の専門機関を設立させようとしましたが、国際公衆衛生事務局は原調印国であるアメリカ合衆国が国際連盟に不参加を決めたため連盟とは別組織のままで存続することとなります。

第二次世界大戦後、新たな健康に関する国際機関の設立が提唱され、1946年7月22日に国連経済社会理事会が世界保健機関の憲章を採択し、連盟の保健局や国際公衆衛生事務局を解散して1948年4月7日に世界保健機関が設立されました。

日本は1956年の国際連合加盟に先立つ1951年5月にWHOに加盟しています。

天然痘の撲滅

WHOの功績の中でももっとも輝かしいものは、天然痘の撲滅に成功したことです。

天然痘は非常に高い致死率を持ち世界各地で多大な死者を出した病気でしたが、症状が明確に判別できるため対処しやすく、ヒト以外に感染することがないため人間のみの対策で対処でき、さらに種痘による完全な予防法が確立されていたことから、撲滅は原理的には可能であると考えられていました。

こうしたことから、1958年に総会でソ連の生物学者ヴィクトル・ジダーノフが提案した「世界天然痘根絶決議」の全会一致の可決で撲滅計画は始まったが、当初は人類すべてへの種痘による撲滅を目指していたため、医療や行政の整っていない発展途上国においては対策が行き届かず、撲滅にはほど遠い状態が続いていました。

そこでよりこの計画を推進するため、1967年には特別予算が組まれるとともに、10年後の1977年までに天然痘を撲滅させることが明確に謳われます。

この時に方針が転換され、流行地域において賞金を懸けることで患者を発見し、患者が見つかるとその患者に接触した人物を根こそぎ調べ上げて徹底的にその周囲で種痘を行う、いわゆる封じ込め政策へと移行します。世界には天然痘の患者が1000万から1500万人いると推定されていました。

この封じ込め政策は功を奏し、患者数は激減していきます。1970年代に入ると南アジアと南アメリカで相次いで撲滅が宣言され、1977年にソマリアで発見された患者を最後に天然痘は地球上から姿を消しました。そして、患者が発生しなくなってから3年後の1980年、WHO総会は天然痘の撲滅を正式に宣言します。

 


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