時の記念日
「時の記念日」は東京天文台と生活改善同盟会が1920年に、「時間をきちんと守り、欧米並みに生活の改善・合理化を図ろう」と制定しました。
「日本書記」の天智天皇10年4月25日(グレゴリオ暦換算671年6月10日)の項に、「漏刻を新しき台に置く。始めて候時を打つ。鐘鼓を動す。」とあることが由来です。
「漏刻」とは水時計のことを差します。
なぜ1日は24時間なのか
1日は24時間で表され、1時間は60分、1分は60秒で表すことができますが、この概念はいつ、誰が決めたのでしょうか。
歴史上で初めて”1日を時間に分割した”文明は、古代エジプト人が使用していた日時計であると言われています。
当時の日時計は、地面にさした棒の影が示す方向や長さで時間を知る、というものでした。
その後、紀元前1500年頃には、T字型の棒を地面にさし、日の出から日没までにできる影が動く範囲を12個に分割する、という日時計が発明されました。
また、日没後は空に観測される星を数えて夜の時間を計る方法が生まれ、夜を12に分割していたそうです。
この“12”という数字は、エジプトで使われていた“十二進法”からきたものではないかと考えられています。
こうして日中と夜がそれぞれ12の時間に分割されるようになったことで、1日が24の時間に分けられるようになったわけです。
ただし夏は日が長く冬は短いため、この方法が生まれた頃は、24に分割された1時間の長さが、季節や日中、夜の時間によってバラバラだったそうで、1日を均等に分割する方法が普通に使用されるようになったのは、さらに後世の機械時計が出てくる14世紀頃だったとされています。
時間の細かい区分には、ギリシャ人天文学者たちによる“六十進法”が採用されています。
紀元前276年から194年頃、ギリシャ人天文学者エラトステネスは、地理学における“緯度”の開発のために円を60分割しました。
その1世紀後、同じくギリシャ人天文学者ヒッパルコスが地球の形状に沿って平行に緯度を引き、さらにそこに経度という概念を加えて、地球全体を360分割するという方法を考案します。
この方法によって地球は経線で24のセグメントに区切られ、そのうちの1セグメントで1時間を表すことができるようになりました。
その後の西暦150年頃、古代ローマの天文学者クラウディオス・プトレマイオスが、360のセグメントをさらに60分割することで“分”という時間の単位が誕生し、さらにこれを60分割して“秒”が生まれました。
しかしこちらも、当時はこの“分”や“秒”という単位は、一般大衆にとっては全く実用的なものではなかったようで、“分”まで表示する機械時計が誕生する16世紀の終わり頃までは、あまり理解されない時間単位だったそうです。
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