オカルト記念日

イメージ_ろうそく_ホラー「オカルト記念日」は1974年のこの日、映画『エクソシスト』が日本で初公開され、オカルトブームの火附け役となったことが由来です。

それまではあまりオカルト映画の制作は行われていませんでしたが、「エクソシスト」が流行した事がきっかけとなって、悪魔やゾンビに始まり、宇宙人やUFOといった超常現象の類を題材にした映画がどんどんと作られていくようになります。

また1970年代はこっくりさんが流行っていた時代でもあります。

ドラキュラのモデルとなった実在の人物

“ドラキュラ”とは、アイルランドの小説“吸血鬼ドラキュラ”に登場する吸血鬼の固有名詞です。

吸血鬼の中の一人という扱いが正しいですが、日本では吸血鬼の代名詞にもなっており吸血鬼のことをドラキュラと呼ぶこともあります。

伯爵という称号で呼ばれることが多いですが、作中でドラキュラが伯爵だと名乗っているシーンは描かれていないため単なる敬称である可能性が高いといわれています。

伝承される吸血鬼の多くは人間の姿をしており、コウモリなどの動物に姿を変えることができるとされています。

また、ネズミや狼などを使役するといわれており、自身も実体を持たず霧状に姿を変えることができるといいます。

身体能力が非常に高いものの十字架やニンニクなどの香草に弱く、日光で力を失うため昼間は積極的に行動しません。

また、不死身といわれる肉体も銀の杭を心臓に打たれると絶命します。

そしてこのドラキュラにはモデルとなった実在の人物が存在することをご存知でしょうか?

15世紀のワラキア公国君主ヴラド3世は“ドラキュラ公”と呼ばれ、吸血鬼ドラキュラのモデルになった人物として知られています。

また、彼は“ヴラド・ツェペシュ”とも呼ばれており、ツェペシュには串刺しにする者という意味がありました。

ヴラド3世が統治した時代のワラキアでは粛清が盛んに行われており、彼は敵国だけにとどまらず多くの自国民も串刺しの刑に処していました。

それまで串刺しの刑は卑しく残酷な死に方であることから重罪の低身分者にのみ用いられていましたが、ヴラド3世は反逆者であれば相手が貴族だろうと構わず串刺しにしたのです。

敵国であるオスマン帝国のメフメト2世が攻め込んだ際に、見渡す限りの串刺し死体の林に戦意を喪失しワラキアから撤退したという逸話も残っています。

ヴラド3世は串刺し刑を眺めながら食事をしたといわれており、その異常性から“串刺し公”と呼ばれ恐れられました。

この串刺し公の父親であるヴラド2世は竜や悪魔の意味を持つ“ドラクル公”と呼ばれていました。

現地では語尾に“a”を付けることでその子どもを意味するようになります。

ヴラド2世の息子であるヴラド・ツェペシュはドラクルの語尾に“a”を付けて“ドラキュラ公”と呼ばれるようになりました。

ドラキュラ公には本来竜の子や悪魔の子という意味がありますが、前述した串刺し刑のような異常性から“悪魔の子”という意味で受け取られるようになったといわれています。

こうして悪魔の子“ドラキュラ公”は誕生しました。

ドラキュラ公は故郷を侵略者から守った英雄でもありますが、その残虐性と異常性はとても凄まじいものだったのです。

 


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