日記の日

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「日記の日」は1942年のこの日にユダヤ人の少女アンネ・フランクによって「アンネの日記」が書き始められた事が由来です。

アンネの家族はユダヤ人であったために、ナチス・ドイツのユダヤ人迫害を逃れてオランダのアムステルダムの隠れ家に身を隠していました。

日記は隠れ家に入る少し前の、この日の13歳の誕生日に父から贈られたものだったそうです。

1944年8月1日には隠れ家の存在が密告によって見つかってしまい、アンネらは隠れ家から連れ出されてポーランドのアウシュビッツに送られることとなり、それと同時に日記はこの日で終わっています。

その後、アンネは1945年3月にドイツのベルゲン・ベルゼン強制収容所で15歳の若さで病死することとなりました。

フランク一家で戦後に生き残ったのは、アンネの父であるオットー・フランクだけでしたが、オットーの尽力によってアンネの日記が出版されることとなり、世界的なベストセラーとなりました。

アンネの日記の真贋説

この有名な“アンネの日記”ですがこれまで幾度となくその真贋について論争が巻き起こりました。

ホロコースト否認論者によるアンネの存在自体への懐疑や、日記の信憑性などを巡り調査や裁判などが1950年代から幾度となく続いていきます。

ある時、日記の一部にボールペンが使用されていることに注目されます。

ボールペンという筆記具が一般に使用され始めたのは1951年のことであり、当然ですがそれ以前に紙の上に書かれた文字がボールペンによるものであるはずがないのです。

従ってある少女が1942年に書き始めた日記にボールペンが使用されているなら、それは少女の死後(1945年以降)に何者かによって“創作”さえたものだと結論できる、とされましたが、ボールペンで書かれた痕跡があるのはルーズリーフ帳に挟まれていた僅か2枚の紙であり、実際の日記においてこの事は何ら意味を持たないとも言われています。

ドイツの捜査当局、独逸連邦犯罪調査事務局の調査によって“贋作”であることが明らかにされ、その後の裁判でも捏造であることが確定されていたり、一方でオランダの国立法科学研究所などは1980年代に、インクや筆跡の鑑定結果から本人の著作と結論付けており、裁判でも複数回“真作”との結論が出ています。

結局の所いまだ真贋ははっきりしておらず、いつか双方が納得いく形で決着がつくことを望みます。

 


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